2000年5月起きた西鉄バスジャック事件の犯人・谷口誠一氏。
当時、17歳でありながら死傷者5人を出す事件を起こしたことで、世間から大きく注目された人物でもあります。
少年法の在り方も見直される事件でしたが、バスジャック犯人・谷口誠一氏は2023年現在どうしているのでしょうか?
かなり風当たりも厳しかったことが予想されますが、事件発覚後どのような人生を送られているのか気になるところですよね。
そこで今回は、谷口誠一氏の現在や結婚、顔画像・年齢プロフィールについてまとめてみました。
西鉄バスジャック事件や犯人とは

「西鉄バスジャック事件」とは、2000年に起きた当時17歳が起こした死傷者5人のバスジャック事件です。
未成年の犯人を巡り大きく話題となり、少年法改正のきっかけにもなりました。
2000年5月3日、当事17歳の谷口誠一氏が大型の包丁(牛刀)を持って西武高速バスを乗っ取りました。
運転手に牛刀を突きつけて、「天神には行くな。このバスを乗っ取ります。」と運転手に告げ、15時間半にも渡るバスジャックを行いました。
人質は運転手を含め22名いましたが、切りつけられた乗客のうち1名が出血で亡くなっています。
人質は、運転手を含め22人。バスジャックは15時間半にわたって続いた。山陽自動車道の小谷サービスエリア(広島県)で、福岡県警と大阪府警のSAT(特殊急襲部隊)が隙を見計らって突入し、少年を逮捕。
引用:デイリー新潮
だが、少年に切りつけられた乗客3人のうち、塚本達子さん(68)=当時=はすでに失血死していたのである。
最終的に、SATが出動したことで事件は幕を終えましたが、日本のバスジャック事件において人質が亡くなる初めての事件となりました。
この事件は、谷口誠一氏がインターネット掲示板で「ネオむぎ茶」というハンドルネームを使用し犯行予告をしていたことから、「ネオむぎ茶事件」とも呼ばれています。
谷口誠一の顔画像プロフィール

西鉄バスジャック事件の犯人・谷口誠一氏は当時未成年のため、顔画像は公開されていませんでした。
しかし、バスジャック事件最中の写真を一部メディアが掲載したことで顔画像が発覚しています。
谷口誠一氏のプロフィールはこちら。
- 名前:谷口誠一(たにぐち・せいいち)
- 生年月日:1983年3月生まれ
- 年齢:40歳(2023年)
- 出身地:佐賀県生まれ
- 父親:農機具販売会社勤め
- 母親:保健師
- 家族:妹がいる
当事未成年だった谷口誠一氏も、現在は中年の年齢。
今は、どのように過ごしているのでしょうか?
谷口誠一の2023年現在は結婚してる?

西鉄バスジャック事件の犯人・谷口誠一氏の2023年現在はどうしているのでしょうか?
年齢的に、結婚して家族がいてもおかしくはありませんが、その後の人生が気になりますよね。
そこで事件後の谷口誠一氏の現在についてご紹介していきます。
医療少年院を出て社会復帰
谷口誠一氏は強盗殺人容疑で逮捕されましたが、未成年ということもあり少年法が適応。
刑事処分相当の「検察逆送致」の選択もあったようですが、谷口誠一氏の付添人団が医療少年院に送る「保護処分」とするように尽力されたようです。
そして佐賀家庭裁判所では、「解離性障害」の治療が必要ということで医療少年院送致を決定。
事件から約5年後の2006年春の22歳に、谷口誠一は本退院し社会復帰への訓練を始めたそうです。
被害者の面会と社会復帰の後押し
谷口誠一氏が医療少年院に入院中、最初に切りつけられた被害者・山口由美子さんが何度か面会に訪れていました。

「少年が牛刀を振りかざし、『このバスは俺が乗っ取った』と言ったとき、私はその姿から、直感的に彼がつらさを抱えていると感じました」
引用:https://www.bengo4.com/c_1009/n_8054/
「私は彼の背中をさすり、『これまで誰にも理解されずつらかったね』と言いました。そして、『だけど、あなたの罪を許したわけではない。許すのはこれからです。これからの生き方を見ているから』と伝えながら、彼のつらさを肌で感じて涙が溢れてきました」
引用:https://www.bengo4.com/c_1009/n_8054/
唇を切りつけられ、また事件で唯一亡くなった被害者の友人であったという山口由美子さん。
現在も顔や手に痛みやしびれが残っているという山口由美子さんですが、谷口誠一氏の立ち直りを後押しする活動を続けていました。
その理由の1つに谷口誠一氏が、不登校だった自身の娘の姿とダブってみえいたことがあるようです。
事件がおきて4年後に初めて面会したときには、谷口誠一氏は深々と頭をさげ山口さんに謝罪。
しばらくして谷口誠一氏が山口さんに送った手紙には、「自分の罪深さと暖かい思いが同時に湧き起こりました」と書かれてあったそうです。
最後に面会したのは、谷口誠一氏が自ら殺めてしまった女性を墓参りした直後でした。
そのとき谷口誠一氏は、大きなショックを受けた様子で何も話すことはなかったそうです。
谷口誠一氏が少年院から退院後、しばらくしてから山口さんに届いた手紙には、自分がなぜ事件を起こしてしまったのかが丁寧に綴られていたといいます。
被害者で友人を亡くした方が加害者を理解し、社会復帰を後押しするというのはとても苦しいものがあったと思います。
ただ、山口さんの活動が少なからず、谷口誠一氏の更正を後押ししていたのかもしれませんね。
家族は遺族へ賠償を続けている
谷口誠一氏の家族は、現在も被害者遺族に賠償金を支払い続けていました。
両親は、事件後涙ながらに「息子が大変なことをやってしまい、本当に申し訳ありませんでした」被害者に謝罪し訪ね回ったといいます。
そして、事件から約1年後の2001年4月に被害者22名に対し、暫定的な賠償金を支払うことを決めました。
「その内訳は、死亡者が550万円で、重傷者2名合せて350万円、軽傷者を含む残りの被害者が1人当たり20万円から40万円でした。総額にして、1380万円にのぼりました」(同)
引用:デイリー新潮
暫定的な賠償金は手持ちの資金でなんとか賄ったようですが、追加の賠償金を支払うため家を売却されています。
「賠償金ということでは加害者の両親から、私の父親ががんで亡くなる前に一旦ケジメをつけようとまとまった額を受け取りました。その後は、我々きょうだい3人に月々1、2万円ずつが銀行に振り込まれてきています。でも、いまでは加害者も両親もどこにいるのかわかりません。相手を恨む気持ちが強くなると立ち直れなくなるので、会いたくもありませんが……」(同)
引用:デイリー新潮
谷口誠一氏のご家族は、事件後壮絶な人生を歩まれていたようですね。
谷口誠一氏の社会復帰後は、動向や現在について明らかになっていません。
ただ、今現在再犯はしていないようで、何か事件を起こしたという報道もされていません。
社会復帰後については知る由もないですが、願わくば事件を受け止めて更正してくれていることを願いたいところですね。
